波は止まぬが動いている
クリスマスが通りすぎて、いよいよ1年が終わりますね。
ブログがちっとも更新出来ていなくて、おそらく今日を逃すと今年は更新できなそうだなぁなんて思って、文字を起こす気分も準備も無い状態でキーボードを叩いています。
随分と長い間アウトプットをしていなくて、そうなると不思議なものでインプットも思うように出来なくて、自分の精神がひどく浮腫んでいるような気分です。覆い被さるように色々な塵屑が自分の芯を見えなくさせ、吐き出されることなく積み重なってしまい新しい空気を吸い込むことが出来なくなるのです。あんなに掻き集めていた言葉たちも循環出来ずに腐りはじめ、日常に起こるあらゆる出来事に人形のように丸腰で挑まねばなりませんでした。
秋の終わりから冬にかけて、自分を見失いかけていました。
ここ数日でようやく、取り戻しました。自分が幸せであるという自信を。
何度もブログに書いてきましたが、どこまでも人に恵まれています。何も持たない私に、なぜここまで?と問いたくなるほど、人の優しさに囲まれています。己を見失った私の泣き場所があります。愛されているのだと刺さるほど伝わります。女であるとか大人であるとかではなく、もっと前提として人間として、自分が恵まれていることを痛感しています。挑もうとしたからこそ得ることが出来た仲間が、私は間違っていないのだとどんな時も肯定してくれます。
冷静に振り返れば、望んだものは叶っています。不思議なもので、叶ってしまっています。可笑しな話だと自分でも思う時があります。ふとした瞬間我に返ると、何でこんなことになってんだよ私は?ってツッコミ入れたくなります。しかしながら「どう転んでもどこにブッ飛んでも、結果悪いようにならない」って、当たり前のことじゃない。本当に感謝すべきことなのだと心底思います。
必要なものは手の中にあります。ここにある。
私はいつまで経っても未熟で、自分の内側から湧き出てくる傲慢さと欲に未だ打ち勝つことが出来ない。一生、戦い続けなければ行けないのは、これなんだと気付きました。
今年が終わっても翌日には次の年が始まって、私は私でいなければいけない。傲慢さと欲を打ち消すことが、私には絶対的に必要なんだと思う。それはきっと、何十年もかけて行えることで、1人じゃなく他人とのかかわり合いの中で実現できることで、このことを改めて自分に言い聞かせるきっかけが出来たことが、長い目で見れば2015年の最大の収穫だったのかなと思います。1番大きい出来事っぽい「上京」は、起こるべくして起きたイベントであって、その出来事の本質はここにあったのでしょう。
来年も、私の生活にはサーファーが喜びそうな高めの波が押し寄せてくる模様です。それでも、波を見据えて乗って行くか歩いて突っ込もうと思います。(溺れる)
さてさて、来年は小さいパソコンを買って、もう少し手軽にブログ更新したいと思っております。せっかく東京にいるので、お店紹介とかオシャンティブロガー的なのしたい!(この時点で田舎者全開)このブログもあっという間に4年目に突入です。はてなさんありがとうございます。更新の少ないただの日記ですが、【しがないアラサーOLの奮闘記~2016ver.~】に引き続きお付き合い下さい。
それでは、年末に向けて冷え込んでおりますが、皆様ご自愛ください。
良い年の瀬をお迎え下さいませ。
さらば2015!!!!!!!!!!!!!!!!